「暮らしと自治くまもと」編集部から、2021年10月号「特集」--私たちは「気候危機」にどう立ち向かうか--と題する原稿依頼があり、地球環境問題について、私の思いを書きました。ちょっと長いですが…。
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「人新世」-地球への人間の関わりのシステムチェンジを
環境活動家 安達安人
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今年は、早くも5月中旬から梅雨に入り、7月は猛暑となり、8月の初旬から再び梅雨末期の状態となり長期の豪雨が各地に被害をもたらしました。日本は、毎年のように極端な豪雨が発生し、強力な台風にも見舞われています。海外に目を転じれば、イタリアのシチリアで48.8℃、カナダでも49.5℃の気温上昇を観測し、世界各地で森林火災が起こっています。北極圏のグリーランドでは、雪しか降ったことのない3200mの山岳高地で、観測史上はじめて雨が降りました。
異常気象、気候変動の原因は、地球温暖化であり、人類が出している温室効果ガスが原因であることは早くから知られています。温室効果ガスは、化石燃料を燃やして排出しているCO2が中心で、335億トン(2018年)にもなります。他にも農業関連から出るメタンや一酸化二窒素、フロンなども含め毎年、膨大な量に上っています。仮に人類がこれらの温室効果ガスの排出を止めたとしても、ある地点から地球自身が変動し、気温上昇の悪循環が起き、温暖化の暴走が止まらなくなります。
温暖化暴走=ティッピングポイント
科学者が恐れいるのが「ティッピングポイント(臨界点)」と呼ばれる現象です。地球の気温上昇や環境変化が、ある地点を過ぎると急激な正のフィードバックが連鎖し、温暖化の暴走が止まらず、灼熱の地球になると警告しています。
例えば、北極圏の氷の融解、縮小です。最近の9月の北極の海氷面積は30年ほど前の半分となり、厚さも小さくなっています。白い氷ならば、太陽光を反射しますが、温暖化で氷が融ければ、紺色の海や茶色の陸地となり、太陽光を吸収して氷を融かし、更に熱を吸収するという悪循環です。(図表 JAXX-2020年9月14日の北極海の海氷面積。外枠の線が1980年代の海氷面積で氷が融けて海になった面積は日本の面積の約10倍)
次に気温上昇で極域の永久凍土が融けて、それに含まれているメタンが発生することです。メタンはCO2の25倍の温室効果があり、その後は酸素と結びついてCO2になり、さらに温暖化を促進します。現在もシベリアやカナダの永久凍土から膨大なメタンが放出され、温暖化を加速しています。海水温も上昇していることから、海底に潜むメタンハイドレートが崩壊して大気に放出されれば、爆発的な温暖化が進むことになります。
更に、各地で進んでいる森林火災も重大です。シベリアやカナダなどの寒帯林の広大な森林火災が起きCO2を排出しています。また、CO2の吸収源であるアマゾンや東南アジアの熱帯雨林でも、農地開発などの影響で森林火災が起きています。これらの地域で森林が縮小し、乾燥化が進めば泥炭層まで燃え出し、これまた膨大なCO2を排出することになります。
現在、化石燃料起源のCO2排出の約半分を吸収して、温暖化を一時的に緩和させている海は、海水温の上昇とともにCO2の吸収力が弱まります。また海はCO2を吸収しているために酸性化が進んでいます。炭酸カルシュウムが必要な、サンゴや生物の一次生産を担っている植物プランクトンなどが生息できず、海洋の生態系に重大な影響を与えると言われています。人類が生き延びるためには、温室効果ガスの排出を急速に減らし、ゼロに持っていき、複合的に連鎖反応を起こすティッピングポイントを回避する以外にありません。
地球の平均気温の上昇は、産業革命以来、1.2℃程と言われています。今年8月に発表されたIPCC第6次報告では、現状の温室効果ガスの比較的少ないシナリオでも、2035年頃には1.5℃に達すると報告されています。急速で劇的な対策を取らない場合、あと13~14年程度で1.5℃を超え、今世紀の半ばには2℃を超え、3℃4℃と上昇し、来世紀には灼熱地球へとすすむことになります。
九州・熊本でいえば、海水温の上昇で巨大台風や線状降水帯が頻繁に発生し、昨年の人吉・球磨の水害を上回る、記録更新の大水害が次々と発生することになるでしょう。なので、川辺川ダムや立野ダムの建設など、ダムで治水対策をとるなど不可能で、かえって災害を大きくすることになるでしょう。また海水面上昇のため、沿岸地域などでは、巨大台風による高潮被害が大きくなり、今世紀中に1メートルほど海面が上昇し、有明海や不知火海の干潟は消滅するでしょう。
人新世の時代とプラネタリーバウンダリー
地球環境の破壊は、気候変動や温暖化だけではありません。森林破壊、農地開発や資源採掘による地表の改変、海洋酸性化、プラスチック廃棄や化学物質汚染、生態系破壊、生物種の絶滅などがあります。
大気学者のジェームズ・ラブロックが1960年代にガイヤ理論を唱え、地球はまるで生きているかのような自己調節機能を持ち、生物種による相互作用で、地球のよりよい状態に保っていると唱えました。その考えは、生物と海洋や陸域と大気圏の相互作用として発展し、現在では地球システムと呼ばれています。この地球システムの不可逆的な攪乱、破壊、生物種の大量絶滅の全体を、地球環境問題として捉えることが必要です。
これらの時代を特徴づける言葉として、斎藤幸平氏(経済思想家)の著書「人新世の資本論」で有名になった「人新世」があります。大気化学者のパウル・クルッツエンが唱えた人新世は、地球の表面上に、人類が作り出した物質の痕跡を残しているとする地質学の概念です。
これは限りない物質生産・経済成長を求める、大量生産・消費・廃棄の人類社会が、地球の自己調節機能を壊している現象です。地球は丸く、陸地も海洋も大気も水も限られています。地表面や海底をほじくり返して資源を採掘し、莫大なエネルギーを使って、人も物も大量に地球上を移動させ、大量に廃棄することの限界は明らかです。科学の力でなんでもできると、巨大で横暴になり過ぎた人類活動を、惑星地球の限界内(プラネタリーバウンダリー)に押しとどめ、回復させることが急務となっています。
気候正義、加害者と被害者
大量の資源を使って物質的な豊かさを謳歌し、CO2を大量に排出してきたのは、主に先進資本主義国です。その国の国内でのCO2排出に限らず、他国でCO2排出を伴う製品を生産させ輸入する。他国に森林破壊を行わせ、土地改変による自然破壊を余儀なくさせながら、自国に大量の農林水産物を輸入することは、環境負荷の外部化です。エコロジカル・フットプリント、カーボン・フットプリント、バーチャルウォーター、フードマイレージなどは、様々な環境負荷の数量化ですが、それらの数値を知り、環境負荷を他国に押し付けていることを私たちは自覚しなければなりません。
先進国において、食と農業にかかわる温室効果ガスの排出は、全体の1/3だといわれています。日本はカロリーベースで食糧の自給率が37%で、大半の食糧を外国に依存していながら、食品廃棄が約3割というのは驚きです。また衣服も多くが短期間に廃棄され大半は焼却されています。バングラディッシュなど、途上国の低賃金労働者が造った衣服を、低価格のファストファッションとして買い、なかには1回も袖も通さず捨て、CO2として大気に放出されることの問題点を自覚できているでしょうか。
途上国の貧しい人々は、ほとんどCO2を排出していません。にもかかわらず、干ばつや海面上昇、大洪水の被害を真っ先に受ける立場にあります。そのことから気候難民が発生し、紛争も起こることになりますが、私たち先進国の国民は、そういった被害を与える加害者の立場にあります。これは明らかに不公正、不正義です。被害者は、私たちの子どもたち、未来の子ども達、人間の存立基盤でもあり絶滅しつつある多様な生物種であることを強く自覚しなければなりません。
未来の子どもたちが、気候被害にあったとして、補償と地球の現状回復を求め裁判所に訴えたとしても、すでに私たちは人生を全うし、被告席に立たされることはないでしょう。
気候危機回避へ世界、日本の動き
今年の11月にはイギリスでCOP26が予定されますが、各国は1.5℃上昇を回避する温暖化対策の実行へ、踏み込んだ合意が求められます。IPCCの1.5℃評価報告では、世界全体で2030年までに、温室効果ガスの排出を2010年比で半減、2050年までに実質ゼロを求めていて、世界はその方向に進もうとしています。これは世界平均なので先進国は、より一層の削減を実現させなければなりません。EUは、グリーンディール、米国はグリーニューディール政策として、脱炭素の方向へ、政策提起、法律制定、省エネ、再エネへの投資に大きく舵を切っています。世界最大の排出国の中国でも、再エネへの投資が広がっています。
オランダの最高裁は2019年、「危険な気候変動は人権侵害」とし、政府に科学が要請する温室効果ガスの削減を命じました。世界の投資家は、化石産業が座礁資産になるとして投資を撤退(ダイベストメント)させています。
日本で菅政権は、温室効果ガスを2030年までに46%削減、2050年までにカーボンゼロを掲げました。しかし他の先進国に比べ目標が低い事、すでにコスト高になりつつある石炭火発や原発の依存をやめない事、CO2を地下に貯留するCCSやアンモニア燃焼など、あてにならない技術開発に依存することは問題です。これでは本気の対策ではなく、口先だけの宣伝と言えます。
日本では2030年までに、毎年CO2排出を7%程度は削減し、6割(2010年比)ぐらいの削減が必要です。
第1に、省エネを抜本的にすすめることです。現在、日本が省エネ後進国になっている現状を転換し、2030年までに40%程度の省エネをめざすべきです。第2に再エネをすすめることです。再エネだと海外から高い化石燃料を輸入する必要もなく、個人にとっても企業にとってもコスト削減となり利益になります。省エネも同様です。その浮いた財源を省エネ、再エネ投資に向かわせることができます。
とりわけ地方においては、大手企業ではなく地域の共同体や自治体が主役になって、食、エネルギー、木材なども地産地消を進め、環境に配慮した循環型の地域経済と雇用を広げる取り組みが必要です。いわゆる里山資本主義、里海資本主義のような取り組みです。さらに、これらの在り方を都市にも広げることです。
これらを促進するためには、国民的な大議論が必要だと思っています。今、新型コロナが大変ですが、ワクチンや薬の開発が進み、やがて解決するでしょう。しかし発熱する地球に、つける薬はありません。環境破壊を止めるワクチンもありません。惑星地球の現実を見据え、人類存亡の危機に、人類的な議論を巻き起こして解決に向かう時です。今の大量生産・消費・廃棄の幸福感ではない、持続可能で、雇用を広げ、労働時間の少ない、より人間的な豊かさ感じる社会へと、システムチェンジすべきです。
この秋、衆院選挙があります。各党・政治団体、さまざまな団体が、温暖化対策を打ち出し、国民的な議論を起こして、国や自治体、企業、社会の持続可能な方向性を見出す時だと思います。