サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

都知事‥‥

 
 今日の「寅-翼」ですが、「子ども食堂」のシーンをやってました。
 戦争によって親を奪われた子どもたちは、浮浪児とされ警察の取り締まりの対象となった。
 敗戦から78年、復興し、経済大国になった日本。
 その首都東京で、食べ物を求めて何百人もの人が並ぶ。

 その目の前に、プロジェクションマッピングの光が輝く。
 予算は7億円。
www.nhk.or.jp

www.yomiuri.co.jp


 食料支援に都の予算・税金は使われず、職員の支援もない。

「資本論」のエコロジーからあ考えるマルクスとエンゲルスの知的関係

 斎藤幸平氏の論文-
 「資本論」のエコロジーからあ考えるマルクスとエンゲルスの知的関係(経済理論第53巻第4号)-が面白かった。2017年1月なので7年前のこと。

 とは言え理解の程度はわからない。書くとなるとなお難しい。
 資本論をはじめマルクスの研究において、人間社会の生産で「物質代謝」論をどう位置付けるか? その物質代謝が資本主義的生産では、どんな矛盾、衝突が起きるのか?特に自然と人間の関係で。
 断片だけ引用しておこう。

マルクスによれば、エコロジー問題は根源的な生産条件である自然からの人間の『分離』から説明されなくてはならず、物象化に基づく資本の論理の社会的諸関係への浸透がいかにわれわれの思考・行動様式を根本から変容し、人間と自然の物質代謝を攪乱してしまうかを解明しなければならない」
 「エンゲルスは人間と自然のあいだで行われる『物質代謝』が資本による労働の形式的・実質的包摂を媒介として、どのように変容、そして再編成されるかという1850年代以降のマルクスの経済学批判の根幹部分をとらえきれなかった」とする。

 私が若い頃に学んだ「自由とは必然の洞察」→→「自由とは、自然的必然性の認識にもとづいて、われわれ自身ならびに外的自然を支配することである」(MEGAⅠ27/:312)
 同時にエンゲルスは「不完全な自然法則の認識は、むしろ正反対の結果を生み、自然の『復讐』を誘発する」と警告する。
 そしてエンゲルスは「自然の諸法則を認識し、これを正しく適用できる」この自然法則の意識的な適用こそが『自由の国』の実現と密接につながっている考えたという。斎藤は、これは『静的』論理展開だとし、マルクスは別の「動的」捉え方をしていたという。

ナマズが釣れた

 家の前の用水路でナマズが釣れました。
 大きいコイも2~3匹いたので、サカナの皮を餌に垂らしていました。
 川下からナマズが泳いできたので、食べるかナー‥と見ていましたが、少しウロウロして食いつきました。
 引っ張りあげたところで糸がプツリ。
 でも、地面の上で良かった。

 どうやったら食べらるでしょうか?

月次レビュー ー独立した社会主義雑誌-

 月次レビュー「独立した社会主義雑誌」に斎藤幸平氏の最近の本に対する批判が載っている。
 「ここ数年、マルクスの思想におけるプロメテウス主義の神話は、斎藤のような思想家たちによって、またジャコバン派の作家マット・フーバーやリー・フィリップスによって、幽霊のように再導入され、生産力/技術の役割の問題をめぐる両極端を代表している。その結果、マルクス主義生態学が成し遂げた多くのことを消し去る恐れのある‥」

monthlyreview.org

 言っている意味が良くわからない。
 前に紹介したジョン・べラミン・フォスターは「月次レビュー 独立した社会主義雑誌」の編集者で、「物質代謝論」を展開した米国の環境派のマルクス主義者です。彼の指摘はもっともだとも思えます。日本のマルクス主義の学者でも同様に「脱成長」コミュニズムを批判する人も多い。
 学術的には当然、マルクスがなんと書いたは、厳密であるべきです。立場や研究角度によって解釈も微妙に違ってくる。大いに議論してほしい。
 ですが私は思想家としての斎藤氏の考えに賛同的です。

theideasletter.substack.com
 上記、X斎藤幸平氏が海外のメディアに書いた内容の最後の部分を以下に引用します。

「脱成長とマルクス主義は相容れないと考えられていたため、これまで脱成長共産主義を提唱する人はいなかった。マルクスの後期の著作は、そうではないことを示していると思います。 多くの人は今でもそうは思っていません。フォスターは昨年のインタビューで、『マルクスが実際に脱成長と呼べるものを提唱したという具体的な証拠は見つかっていない」と述べ、脱成長共産主義の考えをマルクスに帰することは「非常に非歴史的』であると述べた。
 もちろん、マルクスはすべてを予想していたわけではありません。彼は自分の限界に縛られ、未来社会のビジョンを描ききれなかった。彼の考えを、彼と一緒に、あるいは彼に逆らって、可能な限り押し通すのは、私たち次第です。マルクスが彼の時代に言わなかったことを、マルクス主義者が今日言うのを阻止するのは独断的である。マルクスを読むことは政治的な行為であり、脱成長共産主義は、マルクスが今日再読する価値がある理由の一つである。
 マルクスは、自分の計画が未完成であることを知っていた。脱成長共産主義は、理論と実践を結びつけ、150年前の社会主義の従来のイメージを超えるものとして歓迎されると思います。そして今日は、資本主義が絶対的な限界に達し、地球そのものを破壊する恐れがあるため、脱成長共産主義の時です」

 
 マルクスは63才で亡くなった。あと10年15年生きて研究を進められたらどんなに良かっただろうか。
 病弱でありながら晩年、あれもこれもと、研究途上で、残念ながら自分の考えを仕上げられなかった。それらは未完成のまま「抜粋ノート」に未整理に残されている。なのでマルクスが何を模索し成し遂げようとしたのはか? 記録に沿いながらも研究者の解釈によるところが多いだろう。
 当時マルクスが懸念を示した資本主義による「物質代謝の亀裂」が、いま現実に、地球規模で、不可逆的になりつつあるスピードで起きている。もう間に合わないところまで来ている。危機回避には、持続可能な社会に急いで移行する必要がある。原因は資本主義なので、資本主義から脱する必要がある。
 その立場から考えて、地球と人間の現状認識の下、今、マルクスが生きているとするならどんな解決策を示すだろうか?
 私は斎藤幸平が示す方向を、マルクスなら更にマルクスらしい鋭い洞察と打開の方策を示すと思う。
 それは持続可能社会→定常経済・「脱成長(持続可能)コミュニズム」と同じ方向だと思う。

 そうでなくてもいい。
 マルクスが常に正しかったと思い込む必要は全くない。マルクスから外れてもいい。
 今の地球環境の破壊から、回復へと向かうことに役立つならなんでもいい。

気候と資本主義

 気候と資本主義。
 よいタイトルです。まさに、地球規模の変動は資本主義によるものです。経過を見ればわかります。

climateandcapitalism.com

https://www.jstage.jst.go.jp/article/peq/53/4/53_40/_pdf

気候と資本主義

気候と資本主義(Climate & Capitalism)なるサイトを見つけた。

https://climateandcapitalism.com/2023/11/16/greenhouse-gas-concentrations-hit-record-high-again/

https://climateandcapitalism.com/2023/11/16/greenhouse-gas-concentrations-hit-record-high-again/