サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

柄谷行人さんに聞く

 今日、「柄谷行人さんに聞く」ウェビナーがあり講演を聞きました。途中からだったし、高齢になられた柄谷さんの話は聞きずらかったけど、勉強になりました。
 柄谷さんは、311原発デモの時の集会で、「デモで社会は変わる、デモができる社会になるから」という話をしたことで知っていました。元新左翼系のようで、哲学者、マルクス主義者、文芸評論者などの肩書があるようですが、本も読んだことはありません。
 講演のあと、國分功一郎さんと斎藤幸平さんの対談もあって、斎藤さんが「脱成長」と「生産様式から交換様式」について質問をしたのですが、要領の良い回答はなく、少し残念でした。
 で、柄谷さんの「交換様式論入門」という論文を検索して読んでみました。
 社会構成体のベースは、生産様式ではなく交換様式で考えるべきとの事で、マックス・ウェーバーフロイトを用いて論を展開しています。公式的な史的唯物論の批判で、あまり納得のいくものではありません。いろんな学者さんはいろいろ研究し考えるものですね。
 ただ、下の図で、交換関係のA・互酬(贈与と返礼)→ B・収奪と再分配(支配と服従)→ C商品交換(貨幣と商品)→ D・・(Aの高次元での回復)が示されていて、
Dの互酬(贈与と返礼)の高次元での回復、というのがちょっと、未来の共同体社会を想像させ、面白いと思いました。(A原始共産制社会 B奴隷制封建制社会 C資本主義社会 D共産主義社会)
 「イロクォイ族の氏族すべての成員は、人格的に自由であり、相互に自由をまもりあう義務があった。特権と人的権利においては平等で、サケマ首長たちは、何らの優越も主張しなかった。それは血族の紐帯によって結びつけられた兄弟団体だった。自由、平等および友愛は、かつて成文化されたことはなかったとはいえ、氏族の根本的原理であった」--(マルクスモーガン『古代社会』概要)
 むかし共同体は、個人が共同体に埋没している遅れた社会と思っていたが、人格が独立している社会もあったわけだ。
 未来の社会が、こんな風に高次元で再現できればいいなと思う。生産力・生産性は、古代社会より十分高いが、環境負荷は小さく、地球の限界内での持続可能な労働時間の少ない時間もゆっくり流れる共同体。