サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

自然豊かな祝島−なぜ原発

 金官行動でした。福島原発放射能の海への流出は止まらず。どうなるのでしょうか?今日のページは、わたくし妻・純子が、祝島の続編をしたためます。
 選挙終わって嬉しい気持ちのホット一息。どっか出かけたいな〜と思ってはいたが、急遽「祝島」行きが浮上。映画「ミツバチの羽音と地球の回転」で紹介された地です。
 私も「30年近く頑張っているお年寄り」の話は知っていて、関心あったのですぐに決定。テント、着替え、イスだけのっけて出発。行き当たりばったりの旅です。
 高速降りるまでは良かったのですが、降りてからが大変。「あっちじゃない。こっちかな?」。予定したより時間かかりました。
 上関についてから、写真のような看板がチラホラ。やはり…。

  本当は14日に祝島に渡る予定でしたが、最終の船便は出ていて渡れません。おかげで上関町長島の上盛山の展望台(314・7メートル。14日のブログ写真)へ行くことになりハッピーでした。
  展望台からの360度の展望は圧巻!しかし視界は余り良くなく(地元の方の話では、夏より秋が良いですよとの事)少々残念。しかし、夜になると遠くの島の灯りがぼんやり見え、遠くの太鼓の音が海からの風にのって響いてきます。その風の涼しいこと。半そでのシャツでは寒い位なのです。その日は車中泊。外はヒンヤリなのに、車の中は「厚〜〜〜い!眠れん!」 暑いので少し窓
を開けると蚊がブ〜ン。
翌朝6時10分発の船で室津を出発。約30分で島へ。
 写真、朝日を受けて輝く海面は、黄金のようでした。
 室津でも祝島でも、車と若い人、こどもが多い。きっと「お盆」で里帰りしているのでしょう。普段はもっとひっそりしているのかな?と思いました。
 この島の闘いはすでに31年目を数えているのです。知人も、休む所も無い私たちは木陰を求めて高台にある学校へ。
 休んでいると、当番で出勤している先生に出会い、しばしお話を。今、ここの小学校の生徒は3名。中学校はすで廃校になっていました。今、中学生は船に乗って長島の学校に通います。海がシケたらお休みになるのでしょう。
 30数年前、この小学校にも生徒数550名位いたそうです。つまり今、原発反対で頑張っている70代80代のお年寄りが30代40代の、子どもたちがまだ小さかった頃にこの話が持ち上がったのでしょう。
 しかも原発の立地場所は4キロ先の目の前。自然環境の点からも、漁師を続けていく点からも、子どもたちのためにも、とても認める事は出来なかったのだろうと思います。それが、31年たった今も読いているのでしょう。島のお年寄りの方とは、余り話せなかったので、この先生とお話できたことはとても良かった。と思います。  
 このお年よりの頑張りがあったので、今でも原発を作ることが出来ない。その大きな力になっている事はまちがいありません。(島にあったパンフの写真を借用)
 熊本の御所の浦みたいなかんじです。12時発の臨時便(さすがお客は多かった)で室津へもどり、岐路につきました。途中で、秋芳洞へ(ここも初めて)。想像以上の大きさに驚かされた。しかもそこが昔々海の底だった事。
ひとつ心配したのは、大きな地震が起きても、あの空間は大丈夫なの?
 ず〜〜〜っと運転していた人、お疲れさんでした。とても楽しい、意味あるたびでした。