アメリカが最初に原爆を作り、実験し、広島と長崎に落とし、核の破壊力と惨劇を世界中に知らしめた。
その力で敵対国を脅し、世界の覇権を握ってきた。
しかし技術は、独占できず拡散する。
核の力を確保しようとソ連がそれに続き、他の国連常任理事国もつづき、インドやパキスタン、イスラエル、北朝鮮と広がっていった。
1945〜2009年の各国の核実験 (ウィキペディアより)
グラフのように、1959年は核実験ゼロ、60年はフランスがやったが、米ソはゼロだった。
理由はともあれ、その実験停止の均衡を破ったのはソ連だった。
核で優位に立っている米国に対し、恐怖を感じたソ連は、止めていた核実験を再開、さらなる核軍拡競争が始まった。
ソ連の核実験再開表明の報道。数年前、この「アカハタ」(1961年9月2日付)の記事を見た時はショックだった。
その後も「アカハタ」のこの論調はつづく。

知らなかった。
昔の事とはいえ、こういうこともあったのかと‥、肩を落とした。
私はそれまで、そんな認識は全くなかったし、周辺でも聞いたことがなかったからだ。
関心のある方は、拡大して読んでみて下さい。
これが「いかなる国の核実験禁止」問題のはじまりだった。
今年は被爆80年の節目の年だ。今日が広島に原爆が落とされた日、二度と核戦争を起こすまいと誓う日。
昨年は被団協がノーベル賞を受賞した。
長く核兵器禁止の運動を続けてきた原水爆の禁止運動に不幸な分裂、「いかなる国の核実験禁止」と「部分的核実験禁止」問題がある。
要因は、当時の状況もあるだろうし、それぞれ言い分もあるだろう。
しかし、もう半世紀も昔のことだ。いつまで過去に縛られつづけるんだ、と言いたい。
長く不幸な原水禁運動の分裂、世界で核戦争の危機が収まらない現状を少しでも変えるために、もうそろそろ統一すべきだ。
どうでしょうか? みなさん。
核兵器廃絶への真剣な思いがあるなら、とっくの昔に統一できていていい。
遅すぎて時間をムダに過ごしたので、この話し合いは急ぐべきだ。
今年の大会はすでに始まり、無理だったが来年こそは、歩み寄るべきだ。
運動の分裂は、核廃絶への本気度、真剣さ、緊急性が互いに問われている。
いつまで過去にこだわっているのか?
今、何が大事か、何を優先すべきか、わかっているのか? と大きな声で問いたい。
核廃絶の大義と緊急性に照らせば、もはや運動に対立点はない。
対立があるのは、核廃絶を願う諸国民と、核にしがみつき恫喝をつづける国家指導者との間だけだ。
めざす目標は、核兵器の全面的で完全な禁止。これは核兵器禁止条約に体現されている。
この「草の根」の諸国民からの運動を、とりわけ核保有国の国内から起こそう。被爆国の国民として強く優しく呼びかけよう。
ウクライナ侵略戦争でのロシアの核使用の発言、イスラエル閣僚のガザでの核使用の発言、加速する米・ロ・中ほかの核軍拡競争。
日本においても、参政党のさや氏が選挙中に「核武装が最も安上がりであり、最も安全を強化する策の一つだ」と発言しながら、東京選挙区から第2位で参院議員に選ばれた。これは憂慮すべき有権者の認識だ。
世界中で紛争や武力衝突がなくならない。本当に悲しいことだ。
だが、話し合いで解決してきている地域があるのも事実だ。歴史は、そうやって進歩してきたと人々は学んでいる。
どちらから歩み寄ってもいい。同時でもいい。
私は、先に歩み寄る方、手を差し出す方に、強く共感する。
「いかなる国の核実験」は、ネット上で検索すれば数多くヒットする。
しかし残念なことに、日本共産党のホームページ上では全く出てこない。「部分的核実験禁止」は、多数検索できる。これはどういう意味か?
「アカハタ」の記事を見たのは、かなり前だったが、ブログに書くべきか迷いもあり、いつか書かなくてはと思ってきたが、とうとう今日、8月6日になった。

