核をめぐる世界の現実を見据え、80年の歴史も踏まえ、説得力のあるあいさつだった。
まず、核兵器廃絶を阻んでいる抑止とは、物理的真理ではなく、頭の中の概念または心理、フィクションだ述べた。まさにその通りだ。
核ミサイル発射の命令が下り、命令の再確認を求めたり、拒否した軍人によって核戦争を免れてきた例は数多くある。
しかも、抑止力は、強い国家が弱い国家を脅す現実を覆い隠す言葉で、強い国家の国民をだまし支持を得るために用いられてきた。
そして核の脅しは、たびたび核保有国から非核保有国に対し向けられている。(写真;湯崎英彦知事:ウィキより)
弱い国が強い国を攻撃することは、本来ありえない。どちらかと言えば、弱い国こそ抑止力が必要かもしれない。
広島県知事の湯崎英彦氏は、抑止力から核兵器を取り除くことを求め、鋭く本質的提起をしておられる。
人類は、毒ガス兵器や生物兵器の禁止を決めているのに、人類も地球も再起不能に陥れる核兵器をなぜ禁止できないのか?
広島・長崎の惨禍から80年。未だに核兵器はなくなっておらず、なおも核軍拡競争が進められている。
湯浅知事は、被爆で崩壊したがれきに挟まれ身動きが取れなかった被爆者が一筋の光に向かってはい出し、抜けきって生をつかんだ例を示しておらえる。そして、はい出せず、力つきて亡くなった犠牲者の無念を晴らすためにも、核廃絶という光に向けて這い進み、人類の、地球の生と安全を勝ち取ろうと呼びかけている。
あいさつは、核兵器禁止条約への日本の参加を主張していない不十分さはあるが、伝わってくるものがあった。