昨日のつづきです。
新書で著者は「台湾有事に日本はどう臨むべきか」について書いている。
そこでは、「抑止力は破綻することもあるのが現実である。だからこそアメリカはどの国より戦争してきたのであり、逆説的ではあるが、抑止が破綻したときには戦争に踏み切ってきた実績が、アメリカの抑止力の信頼性を構成している」と説く。
最近の著者は、こんな風に考えているのか、とずいぶん変わったものだと、あきれてしまう。
イラク戦争は抑止力のための戦争だったかの? 大量破壊兵器の査察も行われ発見されなかったのに。
自分は大量破壊兵器を圧倒的に実戦配備しているのに。小さい国に、弱い国に難癖をつける強い国の「抑止力」の賛同者になったようだ。
アフガン侵略はどうか? 飢えに苦しむ貧しい国がどうやって米国を攻撃するのか?
ベトナム戦争は? 枯葉剤をばらまき、ナパーム弾で焼き払い圧倒的な爆弾を落とした。そんな国がどう米国を攻撃しようというのか?
グラナダやパナマ侵略、枚挙にいとまがないというのに。
「『基地国家日本』の形成と展開」の中で著者は、米国のグレナダを批判し、国連総会で108国が賛成したと紹介している。リビア爆撃もパナマ侵略も国連総会が米国批判の決議をあげたことを示している。
これらの国々が米国をどう?攻撃しようとしたのか?その抑止力が必要だというのか。
抑止力の勘違いだと思うが、米国に先制攻撃を仕掛ける国なんてありえない。破滅の道は明らかだから。唯一、戦前の日本軍が奇襲攻撃ならば‥と勘違いしたぐらいだ。
その流れを一部引き継ぐ日本の政権と自衛隊の幹部が、中国を相手に同じような勘違いをしないか?心配だ。米国のワシントンもニューヨークも太平洋の向こう側で安泰だ。そこまでエスカレーションするつもりはない。
抑止力は、強い国が弱い国を脅し、攻撃するための理屈であって、ゴマカシて自国民の戦争支持を取り付けるためだ。
この考えは、自民党と大差はない。