サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

「基地国家日本」の形成と展開⑧

 松竹氏の新書版と「基地国家~」の比較考察のつづきです。
 先日、北朝鮮が「火星15号」なるICBMの発射実験を行い、ニュースで大騒ぎになっている。
 米国とは韓国は、北朝鮮への侵攻?北の対処のために、軍事演習を行う予定だった。北朝鮮は、それへの牽制のミサイル発射だったようだ。
 もちろん北朝鮮のミサイル発射実験は国連決議違反だ。
 だが、不思議な事に、米国や中国、ロシアはいくらミサイル発射をやっても国連決議違反でもなんでもない。もちろん核兵器を実戦配備していても脅しても、国際法上違反に問われない。国際法って、なんて不平等なことか。
 より問題なのは、誰でもわかる不平等がまかり通っていても、多くの国の国民が疑問に思わないことだ。これはなぜなのか?真剣に考える必要がある。
 不平等なので、平等に、私は、どっちもミサイル発射はやめろといいたい。核も。
 北朝鮮に、日本や米国を侵攻する能力はない。なので米国が北朝鮮に抑止力を構える必要はない。
 だが米韓、日本は北朝鮮を攻撃し、侵攻する能力は十分ある。さら米国の核弾頭は、B1爆撃機でも潜水艦でも陸上ミサイルでも、圧倒的な攻撃力を持っている。
 戦前の日本と同じように北朝鮮は、いわば「国体護持」が最重要課題であり、そのためには核ミサイルを「抑止力」として持ちたいのだ。特に米国本国に核弾頭が届けば、下手な攻撃をしてこないとして、開発を急いでいる。
 この抑止力の言い分は理解できる。だが米国の「抑止力」は理解できない。北朝鮮は、自らの体制崩壊につながる攻撃を米韓日に行うはずはないからだ。
 こっちから打つミサイルは正義で、向こうからくるミサイルは悪とは思わない。どっちも悪だ。
 松竹氏は、以前に比べ、「抑止力」論に深く傾倒していると思う。新書版のP202に、米シンクタンクの活用を共産党に提案している。
「敵基地攻撃」論をどう批判するか?で、何を言いたいのか?私には文章上も理解しがたい。日本の4倍の経済力を持ち技術力でも上回っていて、米国を上回る25%もの貿易相手国の中国を相手に、どう抑止力論を考えるのか? 
 不安なので、さらに米国依存を強め、言いなりになりる状態。
 米軍のオフショワ・コントロール戦略をみると、戦争に巻き込まれ、中国が消耗した時点で、停戦。日本は戦場となり、悲惨な状態で見捨てられる。そんな想像できる。
 このあたりを読むと、どうやら、自分の「抑止力」は必要と思っていても、相手国の「抑止力」の必要性は想像していなのだろう。

 「相手国が攻めてくるかもしれない」と考え、どう対処すべきか?考えるが、米軍が日本から相手国に攻撃を仕掛けること、相手国の恐怖は考えないようだ。「基地国家日本‥」の本を書いたころに比べ。
例えば、アジアにたくさんの国があるが、経済力の弱い国もあり軍事力も小さい国も多い。そんな国は、どう抑止力を持てばいいのか? 国力からして、相手国に倍返しをできる国家は少ない。だけど小さな国、小さな防衛力で平和を維持している。アセアン諸国は、この原則で戦争を防いでいる。
 海に囲まれた日本、他国が上陸して占領するには相当な武力が必要。そんな日本侵攻の動機を持つ国はほとんどあるまい。
 だが、日本に米軍基地があり、母港とする空母機動部隊を配備し、強襲揚陸艦もあり、海兵隊もあり、空軍もある。しかも日本中で危険な訓練をした米軍が頻繁に日本から出撃して、他国に爆弾を落としている。
 相手国からすれば、不安になり恐れ、抑止力を持とうとするのは、理解できることだ。その、他国侵略武力介入の在日米軍の本質を、国民は理解していない。報道がないし、共産党以外は安保賛成で米軍基地賛成だからだ。松竹氏も同じように思える。