サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

ワールドウォッチ研究所−食料危機

 ワールドウォッチ・ジャパンのメールマガジンを受信していま。12月でしたが、食糧問題でレスター・ブラウンの文書が届きましたので紹介します。チト長いですが。
いっそう逼迫するであろう世界の食糧需給 by Lester R. Brown
 去る10月16日は「世界食糧デー」でした。これをひとつの契機として、飢餓や栄養不良や貧困の解消を目指した国内的・国際的な合意をより強固なものにしなければなりません。地下水位の低下や、土壌の浸食、気候変動による気温の上昇に伴って、食糧生産の増加が、人口の増加や所得の増加のよって増大する食糧需要に追いつかなくなってきました。これは、食糧生産の基盤である農地と水資源の管理が、国際社会の需要な課題になっていることを意味しています。こうした状況にあって、留意すべき10項目を整理してみました。

1. 年間の世界人口の増加数から導き出されるのは、「今日もまた、昨日に続いておよそ21万9000人が世界人口に加わる」ということです。不幸なことに、彼らの多くは、空の食器を抱えることになります。 充分な食糧供給の確保は、かつては農業担当の省庁の責任でした。政府は「食糧増産」を政策として選択したならば、農民に支払う最低保証価格を引き上げれば、それで大方のことは済んだのでした。しかし、「将来の食糧供給の確保」は極端に複雑な事柄になっていて、農業担当の省庁に依存するというよりも、人口政策を担当する厚生省や温暖化防止政策を担当するエネルギー省の政策に依存するようになったのです。 

2. 新興経済によって急速に所得が増加した、30億超の人々が、より穀物集約的な乳肉製品を消費する食物連鎖に参入しつつあります。 今日、世界の穀物消費の増加は中国に集中しています。その要因として毎年800万という人口増加が挙げられますが、それにも増して大きな要因は国民の所得が増加しつつあることです。およそ人間は所得が増加すれば、炭水化物中心のメニューから脱して、乳肉製品のより多いメニューに移るものです。中国の1人あたりの食肉消費量はようやくアメリカ国民の半分になったところで、まだまだ増加してゆくでしょう。

3. 12億8000万に近い人口を擁するインドでは 約1億9000万人が地下水の過剰揚水によって生産された穀物に依存しています。13億6000万に近い人口を擁する中国では、1億3000万人が同様な苦境にあります。 帯水層の涸渇は、世界の穀物生産量の半分を担っている三大穀物生産国である中国、インド、アメリカの農業を脅かしています。問題は、水不足がこれら三か国の穀物生産量に「影響するか否か」ではなく、むしろ「いつ、その影響が現れるのか」にあるといえます。

4. ナイジェリアでは、27%の家族が食べ物のない日々を経験しています。インドでは、24%、ペルーでは14%が同様の状況にあります。 世界は、「過剰」基調の時代から「欠乏」によって特徴づけられる時代へと移りつつあります。
 2006年以来、2倍に跳ね上がっている世界の穀物価格は世界の最貧層の人々に「飢え」を強いているのが現実です。さらに水不足が穀物生産に影響を及ぼすという不可避的な状況を迎えて、世界の人口はなお毎年8000万人ずつ増加を続けてゆくでしょう。

5. 世界の食糧生産を拡大する取り組みの前に立ちはだかっているのは、「水不足」にほかなりません。世界の灌漑面積は、1950年の約100万平方キロメートル から2000年の 280万平方キロメートルまで拡大しました。20世紀の後半の50年の間にほぼ3倍に増加したことは人類史上の輝かしいことといえますが、今世紀に入って足踏み状態となり、 2000年から2010年にかけては10%しか拡大していません。

6. 世界の耕地のほぼ3分の1は表土を失いつつあり、新しい表土の形成が追いつかず、土地本来の肥沃さが失われつつあります。将来の食糧生産は、表土の消失によっても脅かされています。地球の陸地の表面を覆っている表土は、薄い層であって、新たな土壌形成が自然要因による消失を上回ることの積み重ねによって、地質学的な長き年数を経て作られてきたものです。前世紀のある時期に状況は逆転し、土壌消失が土壌形成を上回るようになりました。現在、世界の耕地のほぼ3分の1は新たな土壌形成より速く表土を失いつつあり、つまりは土地本来の肥沃さを失いつつあるわけです。地質学的時間スケールの中で形成された土壌が、人間的時間スケールの中で失われていくということは、土壌量のピークがすでに過去のことになったにほかなりません。

7. 今日の農民は、人為的気候変動を目の当たりにする最初の世代です。
農業が今日のような姿であるのは、地球の歴史では稀である1万1000年にもわたる気候の安定によって発展したからであって、その安定した気候システムの中での最大の生産量を実現してきたにほかなりません。しかし、今や気候変動が進行していることは疑いもない事実です。年を追うごとに、農業システムは変動する気候システムからますます乖離して、対応が困難になりつつあります。

8. 農業は誕生してから初めて、確定的な、それも圧倒的な脅威を迎えることになります。その脅威とは、アジア地域における山岳氷河の融解です。
 アンデス山脈でも、ロッキー山脈でも、アルプス山脈でも、その他の地域でも、山岳氷河が解けつつあります。しかし、どこよりも世界の食糧供給に脅威となっているのは、ヒマラヤとチベット高原の氷河の融解です。
 理由は、これがインドと中国の主要河川の水源だからです。氷の融解が、乾期においても、これらの河川の流水量を維持してきました。 インダス川ガンジス川黄河揚子江の流域では、灌漑農業がこれらの河川に強く依存していて、氷河の水でかろうじて維持されてきた流水量を失ってしまえば、収穫は減少し、それはもはや対応できない食糧不足につながってゆくでしょう。

9. 穀物収量の増加が数十年続いたあと、近年、農業先進国の農業は光合成の生物学的限界に達したようです。
 日本農業は長い間、単位面積当たりの収量改善において世界的リーダーといえる存在でしたが、1880年代に始まるコメの増収は、本質的には1996年に終焉を迎えました。日本の農業従事者は最大限の生産性を有してきたのですが、光合成の生物学的限界に達し、それまで以上のコメの増収は実現できませんでした。
 中国をみれば、コメの収量は今や日本を4%下回るのみですが、ここでも光合成の限界に達しつつあるようです。コメ、トウモロコシと並ぶ世界の三大穀物の一つである小麦の収量についても、より先進的な農業国では伸び悩んでいます。例えば、ヨーロッパの主要生産国であるフランス、ドイツ、イギリスでも数十年にわたって収量を増やしてきましたが、ほぼ10年前に3か国とも頭打ちになりました。アメリカは世界のトウモロコシ生産量の40%近くを占めてきましたが、これも横ばいになり始めました。アルゼンチンやフランス、イタリアなど、他のトウモロコシ生産国にあっても、その収量は停滞しているものとみられます。

10. 私たちは、いま困難かつ危機的な状況に置かれています。
 今日、世界は、フード・セキュリティ(食糧確保)問題に取り組むリーダーシップを必要としています。私たちが直面している食糧増産という極めて困難な挑戦と、水不足にくわえて温室効果ガスの増加による気候変動という極めて大きな脅威が人類を待ち受けていることを、世界の誰もが認識する必要があります。
 世界の大方の政治家は温暖化防止の国際会議において、「2050年までに二酸化炭素排出量を80%削減する」と言明はしていますが、「私たちの価値観や実際の経済活動や消費行動が、今の軌道に留まる」のであれば、その目標年のずっと手前で「もはや、お手上げ」になるでしょう。気候を安定させるためには、速やかに二酸化炭素の排出を削減する必要があります。オバマ大統領は食糧需給が逼迫していることの重大さと緊急性を理解し、温室効果ガスの排出量削減という課題を放置した場合の結果について理解する必要があります。
 2030年、あるいは2050年とかいった先のことではありません。いま、私たちの眼前において、世界の食糧供給が根底から崩壊しようとしているのであって、恐れるべき事象は「偶発的な凶作」ではないのです。