群衆心理の続きで、最後です。
だれでも個人を抜け出し、群衆になれる。いや、なっているかもしれない。それっぽい群衆に。
これ、組織と個人の関係も同じような、近いような関係性があるかもしれない。
私の場合は、さまざまな組織所属しているが、個人としての独自性を保つ努力はしている。
それは、一定の緊張関係となって表れるが、自己と組織の認識、及び発展にとって不可欠と心得ている。
社会全体は、複雑系とわかりやすい系が混在している。
科学や技術、社会科学も含め、あらゆるもは一般の人は知ることができないほど専門性が高い。
ネット社会、データとアルゴリズム社会ではなおさらだ。
でも人々は、分かりやすさ、単純化を求めている。
朝から晩まで様々で膨大な情報にさらされ、それを判断し、行動している。
仕事、子育て、介護、趣味、地域、政治、経済、文化、スポーツの情報があふれ、必要がない広告もたくさん入ってくる。
多くはムシするが、それでも感情、関心を刺激してくる。
脳が膨大なので簡略化を求めるのも当然だろう。しかも、自由な時間は少なく、忙しい。
「わかりやすい」こと、「イメージ」だけに飛びつくと、だまされることが多い。
このやり方で、N国の立花氏は、選挙で、選挙後もメチャクチャやっている。
一連の事件を経て、2人を痛ましい自殺に追い込んだ、
立花氏のユーザーは、彼の動画やXのごまかしを深く、自覚する機会にしてほしい。
新しい「おもしろさ」「わかりやすさ」に上書きされることなく、過去を検証しながら真実に向かってほしい。
今後のN国立花氏と石丸氏の動向、ネット・SNS社会の動向が注目される。