サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

1941年12月8日

f:id:adayasu:20211207170831j:plain:w370:left 明日は、日本軍が真珠湾を奇襲し、米英などとの戦争を開始してから80年目にあたる。
 明治大学山田朗教授は12/5の「赤旗」日曜版で、真珠湾攻撃と同時に南方への攻撃を始めたことも書いている。
 この開戦がなければ、東京大空襲沖縄戦も広島・長崎ほか、連合国やアジア各国の多くの人命が奪われることはなかった。(開戦にはその前の中国侵略、朝鮮植民地支配も関係あるが)
 確かに国民が熱狂した部分はある。でも、多くは熱狂させされたというのが真実だろう。
 今を支配する権力者から見れば、過去も今も、国民が熱狂したとして、国民に責任に転化した方が都合がいい。本当の事は国民に知らされなかった。同時に国民側から見れば騙され操作され傷つき、他国民を傷つけたと自覚すべきでもある。
 そんな時代でも、戦争に反対する考えはあった。
 「日曜版」には、首相直属の「総力戦研究所」がおかれ、エリートらが対米開戦に踏み切った場合の戦況の推移と結果を分析した。
 1941年8月の研究会の結論は「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗戦は避けられない。ゆえに戦争は不可能」と結論した。
 しかし、東条英機はこれを封印した。
 そんな敗戦濃厚の見方は、山本五十六などの軍指導部でも少なくなかったはずだが、何故か?止められなかったのか。
 研究会の最後に「敗戦により国体の護持が危ぶまれる…」とか、書けば、天皇も軍部も開戦を思いとどまったかもしれない。
 敗戦時期が遅れ、無用の犠牲を多く出したのも国体護持のためだし、敗戦-占領~、今や米国が日本の国体に成り代わってしまった要因は、やはり国体護持だ。
 でも旧国体より、今の象徴性の天皇制の方が永続するだろうし、その教訓を得ているはずだ。
 同じ過ちを進もうとしている人たちが憲法9条への自衛隊の書き込み、緊急事態条項を憲法に書き込もうとしている。
 無責任の体系はつづき、弱い人への責任押し付けはつづく。どこかで断ち切りたい。
f:id:adayasu:20211203171730j:plain
f:id:adayasu:20211203171734j:plain
.