サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

朝日記者・伊藤千尋さんの講演②

  昨日につづいて伊藤千尋さんの話です。 ※書いている途中です。
  コスタリカは、日本の九条と同じように憲法で軍隊を持たない国として有名です。
 中米の北海道ぐらいの広さに415万人の人口なので、世論としてはまとまりやすいのかな?と思います。
 でも内戦を経験し疲弊した結果、戦争に懲りて1948年に憲法で軍隊の廃止を決めたようです。常備軍は持たないで、国境は国境警備隊や警察力で守っているそうです。
 内戦や米CIAの干渉も多い中南米、隣国の戦争の和平を仲介するなど、それこそ積極平和主義で実際に外交力を発揮しています。そんな国柄をさ支えているのは国民の平和への自負と誇りだと、伊藤さんは強調しています。
 実際、1986年に大統領に就任したアリアス氏は、アメリカの対ニカラグア強硬政策に追随せず、国内のニカラグア干渉組織の基地を撤去しました。さらに中米紛争そのものの解決のためにも力を尽くしたため1987年にノーベル平和賞が与えられました。(海がめが多いらしい)
.
 こんな平和外交こそ、9条を持つ日本が歩む道なのですが、逆に自衛隊をつくり、現在、直接の戦闘はできないものの海外にも出かけるまでになっています。
 だいたい負けるとわかっている戦争を奇襲でアメリカに仕掛け、やっぱり負けて占領されて、独立しても米軍基地をおきつづけ、アメリカ言いなりで朝鮮、ベトナムイラク、アフガンとアメリカの戦争に協力してきました。。
 戦争で悲惨な目にあい(他国もヒドイ目に合わせ)もう2度としないと誓ったのは、コスタリカと同等以上と思う。どうも日本の指導者は、強いものになびき、弱いものをいじめる傾向があります。
 それを許しやすい国民性なのかもしれません。しかし、「2度と戦争はしない」の誓いは、貫かなければ、犠牲になった人はうかばれません。
 伊藤さんの話で、「請願」の話がありました。国や自治体に、主権者・国民が、「請い、願う」とは、どう言う事か?と。なるほど…。権利・義務の関係が倒錯しています。どうもコトバは、明治憲法から抜け出していないようです。

 「請求権」は、よりましとしても、いい言葉はないでしょうか?。「要求」とか「請求」とかが良いのかなー? どうぞみなさんも考えてみて下さい。
 「請願権」と「請求権」の違い参考に
 「嘆き、願う」⇒嘆願は、そういう事情の時だけに使いましょう。私の場合ときどき、妻ジュンコ様に、「ビールもう一本、お願い。今日だけ…」と、嘆願する事になります。

コスタリカ研究家足立力也さんHP参照