昨日の「熊日」です。天草の崎津集落が世界遺産登録に決定しました。
1面の見出しは「集落全体浮揚策 模索」「観光客受け入れ態勢」などとあり、いつもの観光対策か…と思いながら。
でもま、天草の事だし、と社説を読んでみました。
見出しが「共生」の歴史にこそ価値とある。
見出しだけではわからなかった。これがなかなかです。さすが「熊日-社説」を書いた方。紹介します。
崎津には何回も行った事があるが、海から見える教会のたたずまいを見るだけで、対して考えず、学びもしていなかった。
読んでみて、なるへそ。「約250年わたる禁教下での信仰継続の歴史」が他国にない独自性として評価されたとの事。
1637年「島原・天草の乱」のあと、1805年、潜伏していた5000人のキリシタンを幕府が一斉摘発した。「天草崩れ」
その対応をめぐって
「崎津集落に残る当時の取り調べ文書は、住民の供述により、仏教や神道という既存宗教に偽装した信仰の形を伝える構成資産でも唯一の文献資料」とあり、「偽装した信仰」なんて知らなかった。勉強不足です。
解説では、「この時代の天草の潜伏キリシタンが既存の宗教や社会と共存し、社会の側も『天草・島原の乱』のような徹底的な弾圧、対立を避けようとする姿勢であった」とし、「宗教の違いによる暴力的対立が絶えない中、崎津集落の『共生』の歴史にこそ世界に発信できる『顕著な普遍的価値』見いだせる」とする。
なるほど。強制下の共生だが、弾圧と蜂起で双方犠牲者がでるのは、双方とも望ましくないと…。
「絵踏みが行われた庄屋跡に建てられた崎津協会や、潜伏キリシタンがひそかに祈りをささげた崎津諏訪神社も、そうした歴史を示す物証であろう」と。
なるほど、権力で押さえつける中でも、事を荒だてない方法もあるのだろう。
一揆と鎮圧、双方の多大な犠牲から学んだのかもしれない。
世界遺産登録はおめでたいことだし、観光客が増える事も良いことだ。
ただ、一時的なブームで人が押し寄せ、すぐに飽きられるようなことにはならないでほしい。文化遺産を消費文化にしないでほしい。
この地域を長く支えてきたのは漁業や農業だと思う。その再生をベースにし、長続きする静かな観光スポットであり続けてほしい。
その点で、「共生の歴史」を知る事はとても大切だし、今に行(生)かせるものも少なくないと思う。
(写真は大江天主堂)