「戦争と農業」藤原辰史著(インターナショナル新著)のつづきです。
戦争で勝利をめざす作戦において、たびたびおこなわれるのが飢餓作戦だ。
第二次大戦下、ドイツ軍によって起こされた、1941年から900日間のソ連・レニングラード封鎖作戦。
市民250万人に砲弾を浴びせながら、食料配給を断って囲い込み、食料倉庫も爆破して飢えさせる作戦を行った。
その結果、レニングラードの住民は封鎖後2ヵ月で厳しい飢餓に直面し、1日4000人のペースで亡くなっていきます。
その後、11ヵ月で65万3000人、総計100万人が亡くなった。
配給制が敷かれたが、瞬く間に食べ物がなくなり、街中の残飯が荒らされ、猫も捕獲され、食料み盗み合い、倒れた荷馬車の馬にまで襲い掛かった。
皮のベルトを切って噛んだり、本を水に浸して食べたり。ついには人肉食まで横行、人を襲うギャングが登場、人肉が市場で売られるまでになったそうだ。 (レニングラード封鎖ー飢餓と非情の都市1941-44 マイケル・ジョーンズ著)
指導者は、外から運ばれるわずかな食糧を横領。
ドイツ軍は、捕虜にも飢餓計画を実行、東部戦線のソ連赤軍兵捕虜の死亡率は57.5%(西部戦線捕虜の死亡率は5%)となった。赤軍捕虜への食事は700キロカロリーしか与えられず、肉はなかった。
ナチスはロシア人は劣等人種との差別意識を強く持ち、冷酷な扱いをするよう指令を出していた。
最終的にドイツ軍は、700万人ほどのロシア人を飢えによって殺害した。
21世紀の現代においても飢餓作戦はある。イスラエルによるガザの封鎖、外部からの支援物資の搬入停止だ。
子どもちが食料を求める悲惨な映像が流されているのに、世界はイスラエル・ネタニヤフの蛮行を止められないでいる。
