人新世の黙示録のつづきです。
本のタイトルは、黙示録より、新しい社会主義、人新世の新しい社会主義が良かったかもね。
さて、
1918~1934年に社会主義的な実験がオーストリアの首都ウィーンで行われたそうだ。
ウィーンは第一次大戦の敗退後、深刻な食糧・エネルギー不足に陥り、帰還兵士であふれ、職にも住宅にもありつけず、疫病も発生するなど、極めて困難な生活状態だった。
1919年の国政選挙でマルクス主義者たちが率いる社会民主党が第一党となった。
彼らは資本主義の市場経済でもなく、ソ連型の中央集権型でもない、民主的な社会主義の道を追求しようとした。
都市計画では、水道・ガス・電力などの社会インフラを公営化した。
奢侈税や所得税を導入して財源を確保すると、
広大な土地を接収し、労働者向けの公営住宅を短期間に6万戸も建設した。
この社会主義的なプロジェクトには、当然ながらハイエクらが反対した。

(カール・マルクス・ホーフ集合住宅-:ウィキより)
当時は、敗戦後の欠乏時代だっ。
市の財務担当だったフーゴ―・プライトナーは、「新生児には、産着(となうるシーツ)を市から配布することにしたい。戦争中に。古新聞で赤ん坊をくるんだ辛い思い出は、それによって、やわらげるだろう」と演説したようだ。
公営住宅には、無料診療所、公園、プール、集会場、劇場などを併設した。
共同で利用できるキッチン、ランドリー、保育所、公衆浴場も設置した。
そのように人々の暮らしの普遍的なニーズを満たしながら、コミュニティの連帯感を高めようとした。
現代社会は、自動洗濯乾燥機、食洗器、ロボット掃除機などの時短家電、ウーバーイーツや家事代行などの便利なサービスがどんどん発達している。しかし頼れる人をつくるという能力を私たちは失い、家庭は孤立し、周囲と疎遠になっている。
そして子どもを競争に勝たせるためには、塾や私立の学校に通わせ、小さい頃から競争を前提とした個人主義で育てている。そう斎藤幸平は指摘する。
私もそう思う。そんな社会での幸福感は、人間本来のあり方とは違うと感じる。
「荒々しい個人主義の冷たさを、われわれは集団主義の温かさで置き換えよう」
これはニューヨーク市長となったマムダニ氏の就任式演説の一説だ。そしてマムダニ市長は今、公約をひとつひとつ果たしている。
www.jcp.or.jp
www.jcp.or.jp
多くの人は今は、まだ慌てていない。しかしいくつかの気候崩壊のスイッチは入ってしまった。
タイムラグはあるが、若い人たち、子ども達にとって、気候大災害は避けられない時代を私たちの世代がつくった。
絶望的な欠乏時代がやってくる。
そんな時に、立ち向かうための、ラディカルな希望が必要だ。
斎藤幸平は、新しい未来の扉を叩く、「新しい人間」の創出を願っている。生存のために。
今回はこれで終了。もう一回、読み直さなくては。