人新世の黙示録のつづきです。
斎藤幸平は「エコロジー独裁」を提唱する。

プロレタリアート独裁は、ブルジョア独裁に代わる過渡的なものとしてマルクスにより提起された。
しかし、ソ連など「社会主義」国がたどった歴史は、スターリンなど、個人の自由を奪うナチスや日本と同じような独裁国家だった。
斎藤幸平は、なぜマルクスが独裁という言葉を使ったのかを解説している。
マルクスが生きた19世紀の当時、独裁という言葉は、肯定的な意味でも使われたいたようだ。
「独裁・ディクタツーラ」というラテン語の由来は、「暴政・ティラニイ」と区別されていたそうだ。
この動画が面白い。王様・暴君による暴政。
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だが時代をさかのぼり、ローマ共和制の時代のディクタツーラ・独裁官は、トランプのように法を無視する権力者ではなく、法に定められた職位として任務を執行した。
具体的には、戦争や疫病など危機的状況が発生した時、市民や執政官による信任を受けたうえで、独裁官に権力を集中させた。目的は社会秩序を迅速に回復するための制度であり、任期は長くても半年間であり、永続的な「先制」とは違っていた。
なので危機の解消とともに独裁官は解任された。また、権力範囲の制限があり、恒久的な法律を新しく作ることはできなかったし、自分の任期を勝手に変えることもできなかった。
(写真は記事と無関係)