資本主義はなぜ限界なのか(ちくま新書:江原慶著)を読んだ。
サブタイトルに脱成長の経済学とある。
脱成長の在り方、進め方について様々な提案がされることは良い事だ。
経済学は、経済成長のための学問と思い込んでいるのが常識だが、さて?どうか。
エコノミーの語源は、古代ギリシャのオイコノミアらしい。
家を意味するオイコスと、慣習や法を意味するノモスが合わさった言葉。
このことから著者は、エコノミー・経済は、家計のやりくに関するルールのことだという。
ナルホド。
これが広がり、国家や外国との関係まで持つようになったので、近代ではポリティカル・エコノミーというのが本来らしい。
資本主義がどえだけ成長して、モノを作っても、格差や貧困はなくならず、先進国でも人々の暮らしは苦しいばかり。
最近では、廃棄物のCO²による温暖化、気候変動が止めようもなくすすみ、廃棄物プラによる人体へのナノプラ汚染も深刻さを増している。
これらは人間活動と自然・地球との関係を度外視した経済、政治の在り方に根本原因がある。
科学者がいくら警告を発しても、経済成長史上主義は止まらず、自らの生存基盤を壊していくばかりだ。
大量生産、消費、大量廃棄社会は、生態系と人間社会の大量破壊社会だ。
ただ、タイムラグがある。