自民党、316議席の圧勝を考える‥‥。
なぜ自民党が戦後80年の圧倒的大半を政権政党としてやってこれたのか?
政権党が選挙の法ルールを変えれるからだ。
すべては7条解散に始まる。これは権力が最高裁にも影響力を行使して違憲としなかった。
衆議院の解散権、これほどの特権はなく、自民党は、ほとんどこの特権で選挙を勝ってきた。
平等を前提とする選挙において、自分が有利な時、野党が不利な時に突然、選挙をやれる。
政権党が自らのためにつくったこの特権を、主要メディアがひろめ社会に定着させている。
この特権を使ってきたので、戦後、わずかしか政権交代を行わなかった。
日本は、自民党政治独裁だと言ってもおかしくない。
民主主義を標榜する他国にあまり例のない、自民党政治独裁がこれからも続きそうだ。
その政権党の自民党が公選法を都合よく変えてきた。
まずは、小選挙区制度だ。
政権交代ができる制度として主要メディアが宣伝して拡散、合わせて政党助成金制度もつくった。
少ない得票でも、得票が1票でも多ければ、当選する。
政権党はどうすればいいか?
野党を分散させればいい。
その分裂、離合集散を繰り返したのが野党第一党。
古くは社会党の分裂、自さ社政権。民主党の希望の党騒動。今回の公明による立民の吸収。
そのたびに野党は惨敗し、自民党大勝させる。
今回、高市人気をうまく活用して、得票を伸ばした自民党。
だが得票数は、小泉郵政選挙の時より500万票ちかく少ない。
「自民党をぶっ壊す」宣伝で自民党を強く大きくした小泉旋風で、自民党は2588万票(絶対得票率25.12%)を獲得したが議席は296だった。
小選挙区テコの原理で、有権者比で獲得した得票率は小選挙区で26.9%だったが議席は86.2%で316議席を獲得した。
膨大な死票、議席に結びつかない投票を強いられた主権者。
民意を比例配分する比例の自民党の得票率は、36.7%、ほんらい全465議席のうち170議席程度しか得られない。
こうやって自民党は戦後の悪政を担ってきた。