天草の中山健二さんが亡くなった。元旦のことだったようだ。
葬式に行ってきた。
前日まで元気にしており、妻の慈子さんと夕食を食べ、寝床についたようだ。
慈子さんが早朝配達から帰ってきて、なかなか起きてこないので11時頃?見にいったら亡くなっていたとのこと。
特に体に悪いところはなかったようで、突然死かもしれない。
周りの人に聞くと、ちょっと無理をしていたのではないか、との話も。
84才だった。

ギターを弾き、絵を書き、文章を書き、活動忙しい中でも、みなさんと楽しい人生を歩むような感じの人だった。
工業高校の先生をしたり労音の事務局長をしたり、本渡市議は3期務めた。共産党の地区委員長も。
私も県の選対長をしていたとき、中山さんの市議選も援助した。
天草のあちこちの選挙でも一緒にたたかった。いっしょにビラをつくったり、後援会ニュースをつくったり。
妻の慈子さんが頑張り屋さんで、健二さんを「陰になり日向になって」支えていたと思う。
仲の良い夫婦だった。
しばらくはショックで、悲しみも淋しさもつづくだろう。
しかし、たたかいは、せまってくる。待ってくれない。
慈子さんなしでは、天草は回らない。

健二さん、安らかに。
きっと、あなたの遺志を天草のみなさんは継いでくれる。