日中漂流(毛里和子著:岩波新書)を読んだ。
先に読んだ「日中国交正常化」のにつづいて、日中問題をもう少し知った方がいいと思って。
2017年の発行なので、中国が経済力で日本を抜き、グローバル国家として力をつけてきている現状を分析している。
著者は1章で国交正常化の過程をなぞり、72年の共同宣言の過程について評価を3つ並べている。
①中国の賠償請求放棄に対する謝辞を共同声明に含める糊塗がなぜできなかったのか。田中首相は会談で感謝を述べているがそれを外交文書に残すべきだったと。
②賠償の代替となりうるような中国を支援する日本の新規事業を提起することも必要だった。
賠償請求放棄は、中国からみれば、戦争への反省とセットだったが、加害側の日本でそれは弱く、戦後処理を曖昧にすることになった。
これが高市首相の「存立危機」発言によって緊張関係になった日中関係において、中国側は日本の侵略戦争の再来としての軍国主義を批判している。
逆に日本の政府と多くの国民は、日本が侵略戦争で多大な犠牲を中国に強いた反省の認識が極めて薄弱という矛盾が激化している。
その根底には、先の侵略戦争の遂行者らが反省もなく戦後も、自民党政治の中枢に座りつづけていることがある。
そしてその根底には、日本を打ち負かしたアメリカが、戦争遂行者らの責任を免責して従属国にし、米国のアジア戦略に利用している。
不幸なのは、戦争の被害を受けながら賠償されない中国国民でだ。台湾住民も同じ。アジア諸国の住民も同じ。原爆や都市空襲の被害を受けながら補償されない日本の戦争被害者も同じである。
つまり所属する国家対国家でなく、被害者と加害者の関係が事実に基づいて誠実に処理されるべき。そう認識すべき。
賠償請求放棄の提案は、日本と台湾との断絶の取引とされた意味合いがあり、しかし曖昧ながら合意の当事者らはそれを互いに尊重した面が強い。
しかし、今日、日本と中国の経済力は逆転した。日本はますますアメリカ言いなりになり、敵基地攻撃力を持つよう急いでおり、中国は海洋進出が著しく、米国と同様の覇権国家を目指しているように見える。