高市首相の台湾をめぐる「存立危機事態」発言の関連で、日中問題を少し勉強しなきゃと思って、「日中国交正常化」(中公新書:服部龍二著)を読んでいるところ。
国交正常化へ、日中共同声明が発表されたのは1972年なので53年前、私が高校に入ったころの頃。
戦争が負けて終わって11年後に私が生まれて、27年後に田中総理大臣と大平外務大臣が北京を訪問して会談が行われた。
戦後27と戦後80年では、中国との関係は、かなり状況が違う。
大きな違いは3つぐらいあると思うが、一つは、戦争の体験や記憶の認識、理解だ。社会も政治家も。
知られているように田中角栄は、戦争体験を持っている。国会答弁で、次のようなことを言っている。
「私も昭和14年から昭和15年一ぱい、1年有半にわたって満ソ国境へ一兵隊として行って勤務したことがございます。しかしその中で、私は人を傷つけたり殺傷することがなかったことは、それなりに心の底でかすかに喜んでいるわけでございますが、しかし、私は中国大陸に対してやはり大きな迷惑をかけたという表現を絶えずしております。これは公の席でも公の文章にもそう表現しております。迷惑をかけたことは事実である、やはり日中国交正常化の第一番目に、たいへんボ迷惑をかけました、心からおわびをしますという気持ち、やはりこれが大前提にならなければならないという気持ちは、今も将来も変わらないと思います」
(写真:日中両首脳の署名)
日中共同声明の
三、に「日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し~」とあり、これは承認ではないと、それを強調する、あいまい戦略という解釈も多い。
だが、五に、
「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」
とある。
中国は日本の侵略戦争で受けた被害の賠償請求をしないとした。これは、三と無関係ではないと思う。孫崎亨氏がそんなことを言っている。
条約や声明は、それぞれの国の解釈で違いがあるのは致し方ない。しかし、時代の変化とともに、合意にどちらが誠実化は、歴史をみれば明らかだと思う。
高市首相ほか、田中角栄とは真逆の歴史認識なのだろう。
大国アメリカに、着いていきさえすればいい、そんな考えでいっぱいだろう。そしてトランプの考えさえ見誤る。
被害を受けた側と、加害をした方の記憶の差が大きくでている。
それは仕方がないことではなく、政治の責任、主権者の責任に属する。
戦後のドイツの態度を見れば明らかだ。