サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

「世界滅亡マシン」⑫ カーチス・ルメイ

「世界滅亡マシン」(岩波:ダニエル・エルズバーク著)のつづきです。
 都市爆撃は、さらに破壊を求めて焼夷弾による焼き尽くす火災攻撃に移った。
 
 格好の標的は、日本の都市。
 日本軍の奇襲攻撃の3週間前、マーシャル陸軍元帥らは、もし日本と戦争になれば、「われわれは容赦のなく戦う。空飛ぶ要塞B17が即座に派遣され、紙でできた日本の都市に火を放つ。民間人を爆撃することにいささかの躊躇もない---前面戦争になる」ジャーナリスト向けにオフレコブリーフィングしている。
 これは関東大震災で起きた火災旋風を爆撃で引き起こすという構想だった。
 B29が日本の都市爆撃を射程に収めた最初の頃は、依然として軍事産業などのへの高高度「精密攻撃」を行った。
 軍の内部でも議論があり、ハンセル准将は、精密爆撃を主張していたが、解任されあのカーチス・ルメイが司令官に任命された。
 結果、10万人を焼き殺した東京大空襲をはじめ、日本の燃えやすい気と紙でできた密集した住宅街は、格好の焼夷弾による火災旋風攻撃の実験場となった。
 ルメイは、勇猛果敢な指揮官だったようで、ヨーロッパ戦線での爆撃部隊の先頭機に乗り込んで指揮をとった。
 東京大空襲の時も、ルメイは先頭機に乗り込むことを強く望んだが実現しなかった。
 理由は、作戦の暗号を知っているルメイが捕虜になることは絶対避けなければならなかったからだ。
 都市爆撃は、米国の戦略としては成功し、最後は広島、長崎への原爆投下の惨劇へとつながった。
 すでに敗戦は濃厚、それでも8月15日まで戦争をやまなかった、天皇をはじめとした日本の戦争指導者の罪は極めて大きい。
 早く戦争を止めていれば、日本において火災旋風都市爆撃は実行されず、原爆使用もなく、戦後の核軍拡競争もなかったかもしれない。
 人道上の理由によるルーズベルトの都市爆撃回避の呼びかけから、大きくかけ離れ残虐の限りをつくした事態に発展した。
 軍の指導者にとって「勝利こそ」すべてだ。指導者は、勝てば記録に残り戦後の道を開いた英雄となり、民間人の犠牲は忘れ去られてしまう。

 日本人も、忘れっぽい。だが、、。
 しかし 「こともあろうに!」、日本政府がカーチス・ルメイに勲一等旭日大授賞を送った事はあまり知られていない。
 多くの国民は、「こともあろうに」を、知らされていない。忘れっぽさを補強する事実だ。

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