核抑止論」の虚構(集英社新書・豊下楢彦著)のつづきです。
「狂人理論」--の一つの例としてヒトラーがある。
ヒトラーは、第二次大戦で実際に侵攻する前の段階で、「狂気と予測不可能性」という自らの評価を意図的に利用し、敵を脅して自らの威嚇と最後通牒に有効性を持たせることができた。
この威嚇は、ラインラント、オーストリア、ズデーテン、チェコスロバキアの「無血占領」で見事に功を奏した、「狂気に駆られた予測不可能性というイメージ」は現実に機能した。
さて今日、トランプの場合はどうだろうか?
まだまだ予測不可能なとんでも発言がつづくが、だいだい予測はつくようになった。
過激な事を言っても、次には発言が変わること。中国など、相手が強い場合は、そこまで押し切ることはない。
その点、日本は、すぐに言いなりになるので、体のいいい「カモ」とされている。
キッシンジャーは抑止理論について、「ハッタリであるにもかかわらず、本気と受け取られるような脅し」のほうが、「本気であるにもかかわらず、ハッタリとうけとれるような脅し」よりも役に立つ。
「恐慌を来した国は引き金を引きかねないことを示すことだ。自動小銃を構えた狂人は、交渉において非常に役に立つことを忘れてはならない」

キッシンジャーはベトナム戦争で、北ベトナムのスアン・トゥイ代表との秘密の和平交渉において、和平への進展がない場合「最も重大な結果を招く手段」を取らざるを得なくなると脅した。
しかし北ベトナムは、応じなかった。
ニクソンは、北ベトナムへの核攻撃を具体化するような計画を指示。
キッシンジャーは、核攻撃目標の一つを、中国国境から2キロほどのところで中国の物資が入ってくる物資の積み替え場で低威力の核兵器の空中爆発が予定された。
もう一つは、北ベトナムからラオスの補給路に入るところのムジア峠にした。
スアン北ベトナム代表によれば、キッシンジャーから12回も核攻撃の威嚇を受けたと語っている。
結局、核攻撃は行われなかったが、その決定的な理由は、全米で広がった、ゼネストなど広範な市民の反戦運動だった。
もしベトナムへの核攻撃が行われていれば、世界中で、特にベトナム攻撃の出撃地だった日本で反戦運動が巻き起こり、米軍基地撤去、安保破棄の再燃が広がりかねなかった。
ヤモリさん。
窓ガラスに張り付いて、灯りにつられてやってくる害虫を食べてくれる、家の守り主。
その役割を理解していると、かわいく思える。
これも、自宅防衛の一種。