サスティナビリティ考

地球環境、持続可能、政治・経済・社会問題などについて書いています。 メール kougousei02@yahoo.co.jp

日本軍慰安婦−吉見義明/林博史

  週刊誌など、「朝日」→批判→バッシングが止まらない。
 どうやらこれを機に、目標は、慰安婦問題で、「河野談話を見直す」ことに定まったようだ。
  例の「強制連行』」の「吉田証言」、偽証性は早くから知られたいた。
 1995年に出版された、共同研究−「日本軍慰安婦」(吉見義明/林博史ら9人)を読んでいる。
 もちろん「吉田証言」は、全くでてこない。早くから研究者の間では信用されなかった。なのに「朝日」は…、と言うことだ。
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 さて、慰安婦問題は、事の始まりから考えたい。
 数多くの日本軍、将校から兵士まで関わりながら、相手をさせられた多くの女性がいながら、なぜこの問題が、世に明らかにされてこなかったのか?。これが、出発点です。
 加害者の方は隠す。資料は焼いてしまった。戦犯容疑がかかるので。なので「資料がない」と、しらばっくれる。
 被害者の方は、差別と偏見の中で、知られたくない忘れたい事実、自ら名乗ることは極めて苦しいこと、とてもできない。殺されたり亡くなった人も含め、数多の一人ひとりがどんな思いだったのか、今、生きていればなんと語るか、想像して見るべきだろう。
 だから長く世に知られることがなかった。加害者側の態度、これが一番大きな問題だ。
 私が最初に読んだのは、千田夏光著の「従軍慰安婦」、「従軍看護婦」の続編的な本だった気がする。加害者側の国の人が加害について明らかにしょうとした。
 日本の兵隊が戦う場所が国内だったなら、「軍慰安所」などなかったはずだ。(公娼制度はあった)
 日本が戦争をしたのは、中国からアジア・太平洋と広い地域。植民地にした朝鮮や台湾を含め、対外侵略の兵士を送り込んだ。
 恋人同士、夫婦・家族が離れ離れになり、男は、殺し殺される戦場に行かされた。侵略した外国だったので「日本軍慰安婦」が必要になった。
 なせ?…日本軍が考えた理由は4つ。(日本軍慰安婦P10)
①戦闘地域、占領地域での強姦事件の多発による住民の激しい反発南京大虐殺の翌年、1938年6月、北支那方面軍の岡部参謀長は、各部隊に速やかに性的慰安所をつくれと指示している。
将兵への「慰安」の提供。米国などと違って日本兵に休暇制度はなく、ビンタとシゴキの長期間の軍隊生活、不毛な侵略戦争を強いられた。
③性病の問題。性病の蔓延による兵士の損失、国内への流入を防ぐ
④軍の機密保持・スパイ防止。地元の売春婦を通じて軍事機密がもれることを防ごうとした。
 いずれにしても、侵略戦争遂行のための軍の論理だ。
 本を読むと、戦場・占領下の中国やアジア各国での慰安婦あつめは、かなりの強制連行だった事がわかる。8つの裁判でも確定している。
 日本人の、女性蔑視、アジア人蔑視、人権無視の考えが強く横たわってもいる。軍国主義教育
の成果、これも侵略との関係だ。
 自民党の中曽根元首相の自らの「手記」を紹介しておきたい。総理大臣だった人の事なのに、ほとんど知られず、問題にされていない。
 インドネシアの設営部隊の海軍主計長だった中曽根氏が慰安所設立について書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)
 題は「二十三歳で三千人の総指揮官」。「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである

中曽根元総理
 慰安婦問題は、埋もれた歴史を明らかにし、他国も含め、過去の検証しながら、大きな視点で現在の、戦争に関わる性暴力をなくす教訓にすべきと思う。各国のナショナリズムは排しながら。